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The Memories of All Star Game Vol.3

江夏 豊氏スペシャルインタビュー

〜オールスター<不滅の大記録>列伝!! 伝説の9者連続三振を成し遂げた大投手が、あの頃のオールスターを語る。 「全てのアウトを三振で取ろう」とは思っていたけれど、まさか9人連続で取れるとは…。あれはまるでマンガの世界だったよっ!!

阪神では入団1年目から奪三振王となり、若くしてエースに君臨。
広島、日本ハム時代はリリーフで活躍して両チームの優勝に貢献し、「優勝請負人」とまで言われた江夏さん。
昭和46年のオールスターゲームで奇跡の9者連続三振を奪った試合は、今も多くのプロ野球ファンの間で語りぐさとなっている。

18年の現役生活中で16回オールスターゲームに出場した江夏さんに、連続三振を奪った試合のことを中心に、オールスターゲームの思い出を語っていただいた。

◆デザイン:ビーフェイス ◆写真:K-KUMP ◆文:岸並 徹

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初めて出たオールスターゲームの印象は「巨人対パ・リーグ」という感じだったな。

早速ですが、江夏さんが活躍されていた頃のオールスターゲームってどんな雰囲気だったんですか?

江夏 氏)今はそうでもないけど、当時はパ・リーグが自分達の存在を世間に知らしめる唯一のチャンスという感じだったんだよ。普段はどうしてもファンの注目がセ・リーグに集まっていたので、パ・リーグの選手は内心、穏やかじゃなかった(笑)。この時とばかりに「セ・リーグをブッ叩いてやろう!!」というパ・リーグの選手の気概を強く肌で感じたね。

んなオールスターに、江夏さんは阪神入団1年目から出場されたんですよね?

江夏 氏)今にして思えば、一年目から出してもらったと言っても「実力で勝ち得た出場権」じゃなかったと思うんだよ。当時のセ・リーグのメンバーを見渡すと、堀内君以外はベテランが多かったから、川上監督としては「いつでも使える便利で元気な若い選手」が欲しかったんじゃないかな?(笑)

でも、若干18歳でそのメンバーに入るのって、相当緊張されたんじゃないですか?

江夏 氏)あの頃は巨人の選手がたっくさん選ばれていたので、第一印象は、「オールスター戦と言っても、まるで巨人対パ・リーグだな〜」っていう感じだったね。練習の時から巨人の選手だけはひとかたまりになってて、他球団の我々からしたら近寄りがたい雰囲気があったよね。当時は巨人が9連覇を続けていた時代。強いということは、勝負の世界では絶対的な権威だからね。それって商売ごとでも一緒でしょ?(笑)

じゃあ、巨人の選手と話をする機会はあまりなかったんですか?

江夏 氏)オールスターっていうのはもちろん「お祭り行事」みたいな部分もあるんだけど、やっぱり巨人の選手と他チームのグループに壁はあったよね。憧れの先輩と話をさせてもらういい機会だったはずだけど、今ほど私語が許されている時代ではなく、ベンチで冗談は言い合っても、グラウンドでは挨拶以外の話はなかったからさ。もしもアドバイスを受けたいなっていう時は、ロッカーなど人目につかない所で聞く…。そんな時代だったよね。

今とだいぶ雰囲気が違うんですね!! 何か印象に残っている裏話ってないんですか?

江夏 氏)そうだな〜。そうそう、1年目に出た時に金田(正一)さんとロッカールームで出くわしてさ、「コラ若造、何サボっとんじゃ。早くベンチで応援して来い!!」って言うわけさ。そしたら当然、今度はベンチで顔を合わせるでしょ? すると今度は「オマエら、こんなトコで座ってないでブルペンに行けっ!!」って言うんだよ。

うわ〜、メチャメチャ理不尽ですねー!? (笑)

江夏 氏)いやいや、あの「ブルペンに行け」っていうのは「勉強してこい!!」ってことなんだよ。オールスターに出てくるような各チームの主力投手がどういうピッチングの調整をしているかをよ〜く見とけっていう金田さんなりの“最高の親切”だったんだ。でもあの人は口が悪いから、ああいう言い方になるんだけどね。

じゃあ凄い勉強になりました?

江夏 氏)というか、「この目で見る」っていうのは絶対に必要なことだったからね。でも次の日も同じようにブルペンで見てたら、「こんなトコでサボっとらんで、ベンチで応援して来い!!」だって。「この人、その時によって言う事ちゃうな〜」って(爆笑)。でもそれ以来かな、金田さんに親しみを持たせてもらったのは。

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6勝9敗なのにファン投票トップ選出。つくづく「ファンって有難いなぁ〜」と。

「江夏さんとオールスター」というと、9者連続奪三振の話は外せないんですが…。

江夏 氏)もう何十年も前の話だけどね。有難いことに、今でもこの時期になると多くの人が語り草にしてくれる…。やった本人ですら忘れてるのにね(笑)。

でも球場なりテレビなりで、あの大記録をリアルタイムで体験した方は幸せですよ。

江夏 氏)あの試合って自分にとっては最高の宝物だけど、他の方にとってもそうだとは限らないからね。思い出っちゅうのは押し売りできるもんじゃないでしょ? だから30年以上経った今でもあの日のことを語ってもらえるのは、プロ野球選手の立場から言うと“最高の喜び”だよね。

そんな“最高の思い出”を知らないボクらの世代に、あの日の舞台裏を教えていただけますか?

江夏 氏)この年のシーズン前半は6勝9敗と、肩の故障もあってあんまり成績が良くなかったんだよ。だから本来であれば監督推薦で選ばれることはなかったのに、有難いことにファン投票でオールスターに出られることになった。ボク自身にしてみれば、あの時ほど「ファンって有難いなぁー」と思ったことはなかったね。

そういう時ってどんな心境なんですか?

江夏 氏)嬉しくもあり、正直、照れくさい気もしていたんだ。そんな時、ある親しい新聞記者から冗談まじりに「こんな数字でも出してもらったんだから、お返しのためにファンを喜ばせるようなことをしろよ!!」って言われてね。そんなこと言われても、マウンド上で一曲歌うわけにもいかんしねー(笑)。

それはモノ凄いプレッシャーですね。

江夏 氏)じゃあ、去年は8つ取ったんだから、今年は9ついってやろうと。何をしようかと思ったら、自分の場合は三振を多く取るしかない、と。
(※注:江夏氏はこの前年のオールスターで、連続ではないが計8個の三振を取っていた)

えー!? じゃあ、最初からアレを狙っていたんですか?

江夏 氏)いやいや、1人も走者を出さず、「9者連続」ってのは自分でも夢にも思っていなかったよ。そんなことができたらマンガの世界ですよ(笑)。そこまでボクは自信家じゃなかったしね。「9個の三振を取りたい」っていう願望はあったけど、連続ってのはまさに予想外というか…。

回を重ねるごとに、だんだん意識しちゃったような感じだったんですか?

江夏 氏)1回を三者連続で取った時は「ワー」、2回で六者連続になったら「オー」になってきて…。そして3回。7人目のバッターを三振に取ったら観客の歓声がほとんどなくなって、俗に言う「水を打ったように静けさ」になったんだよ。8人目を三振に取った時は、バックで守っているミスターや王さんの声が聞こえてくるほどでね。普段は歓声が大きいから守りの選手の声なんて聞こえないものなんだけど。



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Profile

江夏豊(えなつ・ゆたか)1948年(昭23)5月15日、奈良県生まれ。大阪学院高から66年ドラフト1位で阪神タイガースに入団。1年目に奪三振王。翌68年には最多勝を獲得し、さらに401奪三振で世界記録を樹立する。79年の日本シリーズでMVPを獲得。「江夏の21球」として話題となる。85年に米大リーグに挑戦するも、昇格を果たせず現役引退。通算206勝158敗193セーブ、防御率2.49。左投げ左打ち。
江夏豊氏はオールスターに16回出場。通算26試合に登板し、5勝3敗6セーブ、防御率2.20の成績を残す。70、71、80年とMVPを3回獲得している。71年の第1戦では、オールスター史上初の9者連続奪三振という歴史的な大記録を達成。米大リーグでも、5連続奪三振が最高。さらにこの9連続を挟み、70年第2戦の5連続奪三振と71年第3戦の奪三振を合計した、15者連続奪三振というオールスター記録も樹立している。

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